高倉健、田代まさしも感動したこんなエピソード!

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言わずとしれた大スター、高倉健さん。

映画の役柄からは、物静かで寡黙なイメージがありますが、実際の健さんはどんな人柄だったのでしょうか?

田代まさしが語った高倉健

元ラッツ&スターの田代まさしさんが最近YouTubeの番組チャンネル内で高倉健さんのこんなエピソードを紹介しています。

かなり前、若かりし頃の田代まさしさんが車で渋滞で停まっている中、偶然すぐ後ろの車が高倉健さんが運転する車だったそうです。

ある日、車を運転しててバックミラー見たら、水色のベンツのオープンカーに乗ってハンチングにサングラスをかけた男がいたんだよ。「うわ、かっこいい」と思って見てたら高倉健さんで。すぐにカミさんに電話して「うしろに健さんがいる!」って言ったら「志村けん?」って言われたよ(笑)。

時間もないし、すぐ降りて、大先輩の健さんに挨拶するのに、俺、帽子被ってサングラスしてたから、帽子取って、サングラス外して、側まで近づいていったら、健さんも帽子外して、サングラス外して、「どうも、こんにちは。田代まさしと申します。大ファンでいつも作品とか拝見させて頂いていて、こんな機会ないので、ご挨拶参りました」って言ったら、「わざわざご苦労様です」ってね、俺みたいな若造に別にさ、ハンチングとかメガネ外す必要ないじゃないですか、それを俺に失礼がないように、ちゃんとハンチングとか外して(中略)車戻って、バックミラーをパって見たら、健さんがこっちに歩いて来るんですよ。「これ私の名刺です。今度、連絡ください、一緒に食事でもしましょう」って言ってくださったんですよ。裏に電話番号が書いてあるのかなと思ったら、アドレスだけしか書いてなくて。オレ、ネットやってないから連絡できなくてさ。ついに一回も連絡せずに、健さんが亡くなるまで。終わってしまったんだけど…」

その詳しい話は、こちらのYouTubeチャンネルで観れます。

高倉健さんの優しいエピソードがたくさん

これ以外にも、健さんの優しい一面や腰が低い人間性溢れるエピソードがたくさんあります。
そのうちの幾つかをご紹介します。

戸浦六宏さん(俳優)の息子さんが紹介したこんなエピソード

父の葬儀が終わり三日ほど経った頃郵便物が届いた。開けてみると木の箱に入った上品なお線香の束と、丁寧だが簡潔な手紙が入っていた。
高倉健さんからだった。
母によると父と高倉さんは決して親しい間柄ではなかったそうだ。映画で御一緒したこともないはずだという。挨拶を交わす程度のおつき合いだったに違いない。
そんな間柄を思い気遣ってくださったのだろう。通夜告別式の席に花を送るではなく、弔電を打つでもなく、葬儀が終わりほっとして家族にやっと哀しみが訪れる時を考えて、それも相手が決して不要とは思わないお線香を送ってくださる─、何という優しさ、人への思いやりだろうと思った。

面識がまったくない野球選手・村田兆治さんへのこんなエピソード

村田兆治の引退試合中継を見て感銘を受け、それまで面識も無かった村田の住所を関係者に一通り尋ねて調べ、さらに留守中だった村田の自宅前に、花束を置いて帰ったという話がある。

腰が低く、礼儀正しい、高倉健さんらしさ溢れるエピソード

礼儀正しい人物として知られ、すべての共演者に挨拶を忘れず、監督やプロデューサーをはじめ、若い新人俳優やスタッフにも必ず立ち上がり、丁寧にお辞儀して敬意を払う。

撮影現場で座らないということについて「疲れますよ、やっぱり。ただ、座ると何となくもう・・・。だんだん精神的にファイトが無くなるような気がして、立っていたほうがいいなと・・・」と自分に課した事のひとつである事を明かしている。一方では「たけちゃんがあっちこっちで『座らない』『火に近づかない』なんて言うもんだから、おいそれと出来なくなった」と冗談にして答えている。「撮影現場でも座りますよ」とも語っているが、それはあくまで「座っている場面を演じている時に……」である。

『夜叉』撮影中の真冬の福井ロケのある日、オフだったにもかかわらず高倉がロケ現場へ激励に現れた。出演者・スタッフは焚火にあたっていたが、高倉は全く焚火にあたろうとしない。スタッフが「どうぞ焚火へ」と勧めるが、高倉は「自分はオフで勝手に来た身なので、自分が焚火にあたると、皆さんに迷惑がかかりますので」と答えた。このためスタッフだけでなく、共演者誰一人申し訳なくて、焚火にあたれなかったと発言している。やがて「頼むからあたってください。健さんがあたらないと僕達もあたれないんです」と泣きつかれ、「じゃあ、あたらせていただきます」となり、やっと皆で焚火にあたることができた。

武田鉄矢が号泣したこんなエピソード

映画のデビュー作・幸福の黄色いハンカチのエピソード。
ラストの黄色いハンカチがたくさん干しているシーンで、鉄矢は泣く芝居をしないといけなかったけど、そのシーンに一週間撮影をかけていて、毎日ハンカチを見ているうちにハンカチが安全第一の旗に見えて涙が全く出なくて、泣く演技をするのに苦労したんだって。
そしたら、そのシーンが終わったら撮影も終わって1ヶ月振りに東京に帰ることになっているのだけど、「よーい」ってカチンコが上がった瞬間、健さんが小さい声で、「長い間世話になったな。東京に帰っても体元気づけて、しっかり生活するんだぞ。楽しかったぜ。」って言ってくれ、鉄矢大号泣。

意外といたずら好きでおちゃめな高倉健さん

草なぎ剛へのサプライズを仕掛けた健さん

草なぎが『スマステ』で、「一緒に朝食を食べたんですけど、緊張して、もう何を食べているか、わからなかったです」と、健さんについて語っているとき、ご本人が登場。
これは、草なぎには内緒の”サプライズ”。
しかも、健さんが生放送番組に出演するのは、初めてだった。
「健さんは”東宝が(映画の宣伝のために)仕掛けたこと”なんていっていましたが、それは照れ隠し。実際には、『あなたへ』で初共演した草なぎを驚かすため、健さん自身が望んだことだったんですよ」(映画関係者)

ビートたけしが語るこんな健さん

昼間に高倉とたけしが車に同乗して移動していた時に、渋谷駅ハチ公改札前近くのスクランブル交差点で信号待ちの為に停車したところ、高倉は窓を開けていきなり「おーい、高倉ー!」と大声で何度も車外へ叫び続け、信号が変わり車が走り出すとようやく窓を閉めて元に戻り「いやあ、こんなに沢山の人が通っているのに、誰も気が付かないもんなんだなあ、俺がここに居るって」と独りで喜んでいた。
高倉とたけしが車に同乗していることを多数の一般人に知れてしまうと、野次馬で混乱が発生する危険性が容易に予想されたにも拘らず、大都会での他人に対する無関心を逆手にとって面白がっていたとたけしが語っている。

本当は、話し好き、ユーモア溢れる人柄

1984年の日本生命のCMでの「自分、不器用ですから」の台詞で武骨で寡黙なイメージがあるが、実際は常に誰かが側に居てほしいと言うほどに話し好き、いたずら好きで、ユーモアを交えながら共演者やスタッフを和ませている。またロケ先では周辺を散策し、地元の住民との交流も欠かさない。

まとめ

高倉健さんのこういった心優しいエピソードは、今回紹介した以外にもまだまだたくさんあります。
そのどれもが、健さんの優しい、また誰に対しても礼儀正しい人柄が窺い知れるエピソードばかりです。

こういったいわゆる”昭和のスター”がどんどん少なくなっていますが、愛されるスターというのは、やはり人柄、人間性なんだなと思います。

やはり、健さんは偉大です!

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Posted by trendblog