ライスシャワー 宝塚記念が最後になったタイミング、偶然の重なり

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先日はディープインパクト号が安楽死。
今日になって、今度はキングカメハメハ号も体調不良により死亡したというニュースが飛び込んで来ました。

そして、私の中では、1995年に亡くなったライスシャワー号の最後のレースが強く記憶に残っています。

そんな大好きだったライスシャワーについて、綴ってみました。

ライスシャワーの経歴

生い立ち

1989年3月  ユートピア牧場(北海道登別市)で生まれる。
1990年10月  育成調教のため、分場・大東牧場(千葉県)に移動。
1991年3月  茨城県美浦トレーニングセンターの飯塚好次厩舎へ入厩。
同年4月4日  「ライスシャワー」と馬名登録される。

名前の由来

結婚式のライスシャワーのように、全ての人々に幸福が訪れるようにとの意味が込められており、また、その頃が秋篠宮文仁親王と紀子妃の結婚時期であったため、祝賀の気持ちを込めたとも言われています。

どんな馬?

性別
毛色 黒鹿毛
調教師 飯塚好次(美浦南)
馬主 栗林英雄
競走成績 25戦6勝
獲得賞金 7億2,949万7,200円

主戦騎手は、的場均 騎手。
G1レースでは、1992年菊花賞、1993年・1995年の天皇賞(春)で優勝。

菊花賞では、ミホノブルボンのクラシック三冠制覇、1993年の天皇賞(春)では、メジロマックイーンの天皇賞三連覇を阻止したことから、「刺客」、その両レースをレコードタイムで勝利したことから、「レコードブレイカー」の異名も持ちます。

ライスシャワーのレース成績

※タイム赤字はレコード(当時) ※▲は3kg減量を表す
(Wikipediaより参照)

※見えにくい時は、画像がクリックしてください。

ライスシャワーの最後のレースまでの軌跡

1着で勝って、悪役にされる

そんなライスシャワーですが、菊花賞では、ミホノブルボンのクラシック三冠制覇を阻止。1993年の天皇賞(春)では、メジロマックイーンの天皇賞三連覇を阻止したことから「刺客」と呼ばれ、悪役の見方をされるようになってしまいます。
また、その両レースをレコードタイムで勝利したことから「レコードブレイカー」の異名も持ちます。

そんなライスシャワーを悪役とする見方に、的場騎手は不快感を抱いていたそうで、自著の中で次のように述べています。

確かに僕らはミホノブルボンの三冠を阻止し、メジロマックイーンの天皇賞三連覇を阻んだ。アイドルホースたちが歴史的偉業を達成する瞬間を邪魔してばかり、そんな印象なのだろうか。しかし、競走馬と勝負師が勝ちにいっているのだ。そこには悪役も何も、ないはずである。
(中略)
メジロマックイーンのときもそうだった。《関東の刺客》とか《マーク屋》とか言われるのは、決して気持ちのいいものではない。「こっちの気も知らないで……」と僕などは思ってしまう。僕らは勝つために、最大限の努力をしている。その努力には、さまざまな思いや戦略が、たとえひとつでも違っていたら勝利を勝ち取ることなどできないほどの緊密さ、複雑さで絡み合っている。そのあたりをこそ見てほしいのだ。それこそが勝負の面白さ、レースの面白さでもあると僕は思う。
アイドルだとか悪役だとか、馬たちを擬人化しては、ドラマ仕立てで眺めるのも競馬のひとつの楽しみ方なのかも知れないが、そうした見方では決して感じ取れない、ずっと奥の深い、面白い世界が、そこには広がっているはずである。

スランプからの復活、そして最後の宝塚記念

その後、最初の1993年天皇賞を優勝した後は、スランプに陥り、思うような成績を残すことができなくなりましたが、その2年後の1995年の天皇賞で見事に復活します。

そして、この天皇賞の後は、疲れが溜まっていたことから、放牧に出される予定でした。

しかし、

・宝塚記念のファン投票で1位に選出されたこと
・この競走が当年の1月に発生した阪神・淡路大震災の影響で例年開催の阪神競馬場ではなく、得意の京都競馬場での開催となったこと
・軽量となる56kgで出走できること

さらに、

・宝塚記念の2日後の6月6日に、種牡馬入りへの支援を申し出た日本中央競馬会の担当者がライスシャワーを見にくる予定となっていたこと

という様々な要因、偶然が重なり、結果的に最後の出走をすることになります。

そして、その1995年宝塚記念の競走途中に骨折。
予後不良と診断され、安楽死となりました。

ですので、骨折、競争中止の様子は、競馬場で観戦しているファンはもちろんのこと、テレビ映像でも流れており、多くの人の目に触れることになりました。

それだけに、特に記憶に残るレース、最後になっています。

まとめ

以上のように、最後の宝塚記念に出走するまでに、いろいろなタイミング、諸事情が関係しています。

もしも、と仮定の話をしても仕方がありませんが、どこかでなにかが変わっていれば、また違った結果、運命になっていたかもしれませんね。

競走馬が安楽死するたびに、とても寂しい気持ちになってしまいますが、人間のため、競馬ファンのために一生懸命走ってくれたライスシャワーは、これからも記憶に残る素晴らしい馬であることに違いはありません。

いちライスシャワーファンより….